東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)267号 判決
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)の事実については、当事者間に争いのないところである。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について判断する。
1 前記当事者間に争いのない本願第一発明の要旨に、成立に争いのない甲第二号証(本願明細書及び添付図面)、甲第四号証(昭和五六年一一月二七日付手続補正書)及び甲第五号証(昭和五九年七月一三日付手続補正書)を総合すると、本願第一発明の目的、構成及び効果は、次のようなものであることが認められる。すなわち、従来、情報処理装置として、例えば映像情報を貯えたキヤリヤに光を照射してその映像情報を再生する装置があつたが、このような情報処理装置の光源として、半導体レーザを用いて装置の小型化を考える場合には、温度変化に伴つて半導体レーザの出力が大きく変動し(半導体レーザ装置においては、温度の上昇に伴つて“しきい値”が増大し、周囲温度の変化に伴いレーザ出力が変動することは、本願明細書において公知の文献である米国学術雑誌「ジヤーナル・オブ・アプライド・フイジツクス誌」四二巻一九二九頁(一九七一年発行)掲載の「GaAs-AlxGal-xAsダブルヘテロ接合構造注入レーザ」をもつて説明されているように、当業者の技術常識に属する。)、その安定度の点に難点があり、さればとて、半導体レーザ素子の動作点を大きい状態で使用すれば、温度変化に対するレーザ出力の変化率は減少するが、半面、半導体レーザ素子の劣化速度は動作電流の増大とともに増大するので、なるべく、“しきい電流”付近で動作させることが望まれていたこと、温度を一定に維持する手段を講じていない通常のもとにおいては、レーザ光の出力安定化手段がなければ情報処理装置の光源として半導体レーザ装置を用いることが困難であることに鑑み、本願第一発明は、情報処理装置の光源として半導体レーザ装置を用いるときに、その半導体レーザ素子の温度変化に伴うレーザ出力の変化を除去して、その出力光を一定にならしめ、光出力の安定化の達成を目的として、特許請求の範囲1記載のとおりの構成を採用したものであること、及び本願第一発明は、前記のような構成を採択したことによつて、情報処理用(本願第一発明における情報の態様や内容には特段の限定はない。)の光出力が一定となり、その装置を安定に動作させ、かつ信頼性の高い情報処理を行うことができると同時に、半導体レーザ装置を用いるので光源が小型となり、情報処理装置の小型化が達成できる等の効果を有することが認められる。
右のように、本願第一発明が周囲温度の変化に伴う半導体レーザ素子の出力の変動を除去して出力を常に安定させることを課題(目的)としたもので、その構成上の特徴点が、出力光として利用されるレーザ光線の反対側より放射されるレーザ光線を受光して変動分を検出し、この変動分に基づいて半導体レーザ素子の光出力を制御しようとするところにあることは明らかである。
2 第一引用例ないし第五引用例が、いずれも本出願前に頒布された刊行物であることは原告の明らかに争わないところ、第一引用例ないし第三引用例に、半導体レーザ素子を用いて情報の記憶、再生等を行うところの審決認定のとおりの半導体レーザ装置が記載され、かつ第五引用例には、審決認定のとおり両劈開面より双方向にレーザ光線を放射する半導体レーザ素子の説明が記載されていることは、当事者間に争いがなく、これら引用例の記載内容に照らすと、各種の情報処理装置の分野において、半導体レーザ素子が応用されていたことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。
また、第四引用例に、「双方向に光放射するHe-Neガスレーザ装置において、一方から放射するレーザ光線を光出力として使用し、反対側から放射されたレーザ光線を光電変換素子へ入射させてその光線の強度を検出し、その光電変換素子の出力と参照電圧とを比較して光出力の変動分を検出し、この変動分をレーザ装置駆動用の電流源に負帰還して光出力を安定化する制御装置」が記載されていること、本願第一発明と第四引用例に記載された技術内容との間に審決が摘示する一致点(技術思想の共通性)及び相違点が存することは当事者間に争いがない。そこで、以下に原告の主張に即して、審決の相違点(1)に対する判断の当否について検討する。
3 転用の困難性の看過の主張について
前記のように、第四引用例に、双方向に光放射He-Neガスレーザ装置における光出力の安定化を図る目的のために、光出力安定化の技術が開示されていることは、当事者間に争いがなく、かつ成立に争いのない甲第九号証(第四引用例)によれば、右の光出力安定化の技術の基本的な制御系は、第3図(別紙図面(二)参照)に示されるように1P21光電子増倍管(photomul tiplier)、二つの演算増幅器(operational amplifiers)、二つの段間回路網(inter stage networks)及び直列制御4極管(series control tetrode)から成り、制御ビームは、すりガラス及び誘電体フイルターを介して光電子増倍管で受光され、光電子増倍管の出力が基準電位と比較されて、制御ビームの出力変動分を検出し、この変動分を増幅器、段間回路網を介して放電電流制御管に負帰還してレーザ出力を安定化するものであること、及びHe-Neガスレーザ装置において、出力の変動をもたらす要因としては、第一に熱膨張、振動、空気流、埃の粒子等による共振器の長さ及びQの変動があり、第二に電源変動及び陰極での空間電荷の不安定性に起因する放電電流の変動等があることが認められる。
このように、第四引用例に記載された技術がHe-Neガスレーザ装置における出力の変動を制御し出力の安定化を図ることを課題としており、この点において、前記1認定に係る半導体レーザ装置についての本願第一発明の課題と共通したものがあり、第四引用例が右課題解決手段の基本的技術として、前記争いのない事実(右に認定の技術はHe-Neガスレーザ装置について右の基本的技術を具体的に説明したものである。)を開示している以上、そこには、半導体レーザ装置についても、双方向に放射されたレーザ光線のうちの一方のレーザ光線の変動分を検出して、この変動分に基づいてレーザ出力の制御することによつて出力の安定化を達成できるとの本願第一発明の構成について十分な示唆があるものということができる。そうであれば、第四引用例に開示された技術を半導体レーザ装置に適用するに当たつて格別の困難性があつたとは認められず、甲第一二号証(原告昭和五六年四月一〇日受入の第二八回応用物理学関連連合講演会講演予稿集二一六頁「ネガテイブフイードバツク法による半導体レーザのノイズ低減法(Ⅱ))によつても右認定を覆すことはできない。この点、原告は、He-Neガスレーザ装置と半導体レーザ装置との発光メカニズム及び出力変動の要因の違いを根拠に、第四引用例に示された技術を半導体レーザ装置に転用することの困難性を主張するが、本願第一発明は、前記説示のとおり双方向に放射されたレーザ光線のうち一方のレーザ光線の変動分に基づいて出力光を制御するところに構成上の特徴のある発明であつて、発光メカニズムや出力変動の要因自体の改善、改良を意図したものではなく、光出力の安定化の技術としては第四引用例に開示されたところと何ら異なるものではないのであるから、発光メカニズムの違いやこれに伴う出力変動の要因の相違があつたとしても、これをもつて転用の容易性を否定し得るものではない。
更に、原告は、本出願当時は、未だ半導体レーザ装置は揺らん期にあり、当業者の技術水準として出力の安定化を目指すまでに技術面での思考が及んでいなかつた旨主張して、この点から第四引用例の技術の転用の困難性を主張する。しかしながら、本出願当時において、双方向に放射する半導体レーザ装置への励起電流を調整することによつて出力光を制御し得ること、及び半導体レーザ装置の出力は周囲温度の変化に伴つて変動するので、この安定化が課題となつていたことは、前記説示のとおり、当業者に周知の技術的事項であつたというべきであり、また、甲第一一号証(Appl, Phys, Lett, 二三巻四号(一九七三年八月一五日発行)掲載の論文)、甲第一三号証(昭和六一年九月の「日立オプトエレクトロニツクテバイスデータブツク」)及び甲第一四号証(「半導体接合レーザ装置」に係る特開昭五〇―六八〇八六号公開特許公報)(二つの発振部のうち一方の発振部の出力光を変調し、他方の発振部を無変調で動作させるものであるから、必ずしも、原告主張のごとく二つの発振部を設けていること自体が、一方から放射されるレーザ光線をモニター用に利用する第四引用例記載の技術の転用困難性の根拠となるものではない。)は、その内容に照らしてみても、必ずしも、原告の右の主張の客観的な根拠となるものではないから、この点の原告の主張は採用できず、他に、第四引用例記載の技術を半導体レーザ装置に転用することの困難性を認めるに足る証拠はない。
かえつて、本願明細書には、「気体レーザの分野では、レーザ光の一部をビーム・スピリツタ(beam splitter)などの光学系を利用して取り出し、取り出したレーザ光を適当な光検出器で検知し、レーザ出力が変化した場合は、検知出力を気体ガスレーザ励起電源に帰還させ、気体ガス・レーザ光への供給入力を制御して、レーザ出力を一定に維持する手段が採用されている。半導体レーザの場合も、同じ手段を採用することができるが、小型・軽量を生命とする半導体レーザ装置にビーム・スピリツタなどの光学系を導入することは、装置を大型化することになる。」(六頁九行ないし二〇行)との記載が認められるが、これによれば、本願明細書自体が第四引用例に開示されたHe-Neガスレーザ装置の出力安定化の手段を半導体レーザ装置に転用することに格別の困難性のないことを示しているものとさえいえるのである。
4 作用効果看過の主張について
まず、原告が本願第一発明の効果として主張するもののうち、<1>「情報処理用の光出力が一定になり、半導体レーザを用いても安定に、かつ信頼性の高い情報処理を行うことができる。」こと、及び<3>「半導体レーザ素子と受光素子とを一体化した小型の光源として扱え、取り扱いの容易性、安定性に優れている。」ことは、従来周知の双方向に光放射する半導体レーザ装置を情報処理に用いる場合において、第四引用例に示された 「双方向に放射されたレーザ光線のうち、一方のレーザ光線の変動分を検出して出力を制御する手段」を適用することによつて、当然期待できる効果であり、これらの効果を格別なものとみることはできない。また、原告の主張する<2>「情報処理用のレーザ光に損失を与えることなく出力検出用の光を取り出すことができるので、注入電流の小さい領域で動作させることができ、したがつて、光源としての寿命が長くなり、情報処理装置の長寿命化が達成できる。」という効果のうち、前段で述べられている事項は、双方向に光放射する半導体レーザ装置に第四引用例記載の出力安定化の手段を転用することによつて当然予想され得るところであり、後段の、励起電流を小さく抑えることができることによつて「長寿命化が達成できる」とする効果も、以下述べるとおり格別顕著なものとは認められない。すなわち、前掲甲第二号証(本願明細書)によれば、本願明細書中には、直接に、長寿命化の点を目的として挙げてはおらず、わずかに前記認定のように「半導体レーザ素子の劣化速度は動作電流の増大と共に増大するので、なるべく“しきい電流”附近で動作させることが望ましい。」(五頁一九行ないし六頁二行)との記載があるだけである。本願明細書の右の記載及びこの点に関する原告の主張を勘案すると、原告のいう本願第一発明の奏する長寿命化というのも、光出力の安定化が達成されることによつて、必要以上の動作電流(励起電流)で動作させる必要がなくなることにより半導体レーザ素子の劣化速度を遅らせることができるというものであると解される。そして、原告が主張するごとく半導体レーザ装置の寿命は、その励起電流が大となるにつれて短縮されることが周知の特性であるとすると、半導体レーザ装置に第四引用例に開示された光出力の安定化手段を適用することによつて、原告のいう長寿命化の効果も当然予測し得るところのことといわざるを得ない。
右のとおりであるから、本願第一発明の効果が、半導体レーザ装置に第四引用例に記載の前記認定のような光出力の安定化手段を適用することによつても予想し得ない顕著な効果と認めることはできない。したがつて、この点の原告の主張は理由がない。
5 そうすると、審決の相違点(1)に対する認定判断は正当であつて、原告がその取消事由として主張するところは、理由がないものというべきである。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に認定判断を誤つた違法があることを理由に、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 半導体レーザ光によつて所定情報の情報処理を行う情報処理装置の上記レーザ光を放出する半導体レーザ装置において、情報処理用の光として用いられる半導体レーザ素子から放射されるレーザ光と反対側より放射されるレーザ光を受光する位置関係に上記半導体レーザ素子とともに固定配置された受光素子と、上記受光素子の受光する光出力の変動分を検出する検出手段と、この変動分に基づいて上記半導体レーザ素子の光出力を制御する制御手段とからなり、上記制御手段により上記情報処理用の光の出力が制御されることを特徴とする半導体レーザ装置。
2 特許請求の範囲第1項記載の半導体レーザ装置において、上記制御手段が上記半導体レーザ素子に供給する入力を制御する手段であることを特徴とする半導体レーザ装置。
3 特許請求の範囲第1項記載の半導体レーザ装置において、上記制御手段が上記半導体レーザ素子の温度を制御する熱電冷却素子の入力を制御する手段であることを特徴とする半導体レーザ装置。
4 半導体レーザ素子によつて所定情報の情報処理を行う情報処理装置の上記レーザ光を放出する半導体レーザ装置において、情報処理用の光として用いられる半導体レーザ素子から放射されるレーザ光と反対側より放射されるレーザ光を受光する位置関係に上記半導体レーザ素子とともに固定配置された受光素子と、上記受光素子の受光する光の出力と予め設定した基準値とを比較し、その受光出力の変動分を検出する検出手段と、上記検出手段からの出力にもとづき上記受光素子の受光出力の変動分を打ち消すように上記半導体レーザ素子の光出力を制御する制御手段とからなり、上記制御手段により上記情報処理の光の出力が制御されることを特徴とする半導体レーザ装置。
5 特許請求の範囲第4項記載の半導体レーザ装置において、上記制御手段が上記半導体レーザ素子に供給する入力を制御する手段であることを特徴とする半導体レーザ装置。
6 特許請求の範囲第4項記載の半導体レーザ装置において、上記制御手段が上記半導体レーザ素子の温度を制御する熱電冷却素子の入力を制御する手段であることを特徴とする半導体レーザ装置。